マズローの『欲求5段階説』、社労士受験のテキストにも出てきましたね。

底辺から上へ、ピラミッド型に人間の欲求を5段階に分けると

1.  生理的欲求 (人間が生きて行く上での根源的欲求。食欲、睡眠欲など)
2.  安全の欲求 (生を脅かされないこと。暴力や危険の回避など)
3.  社会的欲求 (家族や会社など、グループに帰属したいと願う欲求)
4.  自我欲求   (誰かに認められたいという、他人からの賞賛を欲する欲求)
5.  自己実現の欲求  (あるべき自分になりたいという欲求)

となり、1が満たされた後に2の欲求、その次が3→4→5と進んでいきます。


私はずっと「人に認められるかどうか(他者評価)はどうでもいい。自分がやりたいことをひたすら追求する」と考え、4をすっ飛ばして、5ばかりを重要視していました。


ですが、
「なぜ自分はこれがやりたいのか」
「何のためにやっているのか」
「今、自分がなりたい自分に将来なれたとして、その後どうしたいのか」
をつきつめて考えてみると、たどり着く答えは「人の役に立ちたい」なんですね。

だいたい、自分がやりたいことをしようとすればするほど、
家族をはじめとするいろんな方たちにかかわったり迷惑をかけたりするわけで、
人からどう思われてもいいなんて、
傲慢以外の何者でもない、と遅ればせながら気付いたわけです。


「人の役に立つ」ということは、つまり「人に認められる」ということではないでしょうか。

「人に認められたくて、がんばった結果とても役に立った」でも、
「人の役に立ちたいと思ってがんばった結果、認められた」でも、
この場合どちらの動機が先でもいいと思います。


そして、これはビジネス上でも非常に重要なことですが、役に立つということは、人がそれを欲しているということであり、相手の役に立つ、相手の課題を解決する提案・商品であれば相手の方から欲しいと言ってくれることでしょう。
提供する側が売り込む必要はありません。

問題は、それが本当に相手の役に立つものなのか、課題を抱える相手はどこにいるのか、を知るにはその相手を探さなければいけない、ということです。

求める相手に確実に届けることができれば、お互いにハッピーですよね。


ブログという媒体は、提供する側(書き手)は誰にでも届けることができるけれど、
受け取る相手(読み手)は必要かどうか分からない。
だけど、役に立つと思えば続けて読むし、つまらなければそれ以上読まなくてもいい。
書籍よりも手軽で、誰でも試せる。そのハードルの低さがいいんだと思います。


ブログを読むのも書くのも大概無料です。ですが、読む人の(もちろん書く人も)時間を消費します。
時間は貴重な資産です。その資産を「つまらなかった」という感想で、無駄に消費させたくない。
どうせ読むなら、何か1つでも読んでくれる人の役に立つ情報を提供したいのです。


ちなみに、私の大好きな本、ロバート・B・チャルディーニ著『影響力の武器』に出てくる
「コミットメント(=果たすべき約束に対して責任を負うこと)と一貫性」の中に、
自分で言葉にしたことを"書き記し"、更にそれを"公表する"ことにより、人は、よりその言葉通りに行動しようとする、という旨の文章が登場します。

つまり、「有言」すれば「実行」しやすくなり、その結果実現しやすくなる。
私もここで『人の役に立つ情報を提供したい』と公言したことにより、
自分がそれを守ろうと努力するだろう、という目論みから書いています(笑)。

読んで下さった方に、1つでも「勉強になったな~」と思ってもらえるような内容にしていきたいと思ってます